映画マディソン郡の橋のあらすじと感想メリル・ストリープの演技が最高!

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公開日:1995年



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あらすじ

アイオワのある主婦フランチェスカ(メリル・ストリープ)と通りすがりのカメラマンキンケイド(クリント・イーストウッド)との恋の物語。

 

フランチェスカには夫と息子、娘がいて、ある日フランチェスカ以外は牛の品評会に参加するためにアイオワの農場を離れた。

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そこへバードブリッジ(屋根つきの橋)の写真を撮るためにキンケイドが訪れた。フランチェスカはバードブリッジまで道案内する。その間のたわいない会話のだがフランチェスカにとっては十分な刺激だった。

 

フランチェスカは思い切ってキンケイドを夕食に招待する。二人は互いに惹かれあい、愛し合うようになる。しかしやがて家族が品評会から帰ってくる時が近づいてくる。キンケイドはフランチェスカに一緒に来ないかと誘う。

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フランチェスカは悩みながらも結局は家族との平穏無事な生活を選んでしまう。キンケイドが帰った後のある日、土砂降りの中、夫と町へ買い物に来たフランチェスカはキンケイドを見つける。キンケイドは待っていたのだ。

 

キンケイドの傍に駆け寄りたい気持ちを押し殺し、車の中でじっと夫の買い物を待つフランチェスカ。そしてキンケイドは諦めて車を出し、その町を離れて行った。映画は、フランチェスカの葬儀に集まった息子と娘が、この時の思いを綴ったフランチェスカの日記を見つけて読んでいくという設定で展開されていく。

 

日記を読んだ息子は母の所業に腹立ちを覚えるが、日記を読み進むにつれ、わずか4日間の母の激しい恋、家族との板挟み、心情を理解していく。

 

母フランチェスカの遺品には、ローズマンブリッジでキンケイドが撮った写真と本があった。子供たちは母がわずかな時間で本当の恋を昇華しあったことを理解した。そして母フランチェスカの遺灰はそのローズマンブリッジから撒かれた。

 

感想

メリル・ストリープの演技がとにかく素晴らしかった。微妙に揺れ動く女心が、この映画を見る人にヒタヒタと伝わってくる。



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橋の写真を撮るキンケイドを興味深く見つめる、夜中に翌日の夕食に誘うメモを橋に張り付ける、新しいドレスを買う。
いろいろなシーンを通して主婦から女へ、安定から冒険へ、そしてその変革への期待と恐れ、そんなフランチェスカの心の変化を見事に演じている。

 

夕食でドレスアップしたフランチェスカに息をのむキンケイド、音楽に合わせて見つめ合いながら踊る二人。
互いの気持ちが同じであることを確信して結ばれる二人。キンケイドの誘いにフランチェスカの心は激しく揺れるが、今の平凡だが幸せな家庭を主婦として守らなければならいという二つの心に苛まれ、思わずキンケイドと口論してしまう。

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これらの描写がとても丁寧で展開とともにどんどん引き込まれていってしまう。別れのシーンは、フランチェスカ夫と買い物に出かけた時の場面。雨の中でフランチェスカを待つキンケイド。

 

葛藤と闘いながら、とうとう車のドアを開けることができなかったフランチェスカ。キンケイドは車で走り去ってしまう。運転する夫の傍で顔を外に向けて声を殺して嗚咽する姿が印象的だった。

 

別れた後もキンケイドは独身を通した。フランチェスカは夫に先立たれるが、そこにキンケイドとの後悔の念はなく、感謝の言葉を添えて夫を見送る。

 

4日間の恋がいかに深く充実したものだったかがここで読み取れると思う。また、映像も美しく素朴だ。
一面の畑の道を、土煙を上げて走るトラック、橋の周辺の緑の美しさ、その中で何気なく交わされる会話のひとつひとつに、監督、演出の素晴らしさが伝わってきた。

 

原作はロバート・ジェームズ・ウォラーによる同名小説だが、映画に飽き足りず、日本語訳の本まで読みたくなってしまう、そんな作品だった。



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