悲しみの忘れ方 Documentary of 乃木坂46のあらすじと感想メンバーと母親の想いのつまった映画

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公開日:2015年



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あらすじ

乃木坂46のデビューから現在までの歴史をメンバーの母親の語りで物語は始まる。
今までメンバー本人にも明かされなかった母親の想い。何気なく申し込んだアイドルへの道が想像以上に過酷なものであった。
娘と同じ年齢の学生が楽しそうにしているのを見て、自分の娘は顔も見たことのないアンチと呼ばれる人たちに傷つけれているというのに。そのやりきれない気持ちが何故あの時応募したのかと悔やむ毎日を過ごす。
そんな母親の想いには気付かず中学生や高校生という若さで地方から東京へと旅立つ娘たち。
AKB48のライバルグループとして発足した乃木坂46は必然的に比べられ、デビューしたてであってもファンから見る『センター』というポジションは確立されていた。

そのポジションに学校でいじめられ目立つことを嫌う生駒という少女が立った。お世辞でもアイドルとは言えないキャラクターの生駒はもちろん周りからの言葉は厳しかった。

どれだけ頑張っても何が正しいのか分からない。そんな不安定な環境で迎える『16人のプリンシパル』公演。生駒だけではなく、出演したメンバーに順位がつけられ選んで欲しいのに選ばれない。何も取り柄が無いのに取り柄を披露しなければいけない。
それぞれに苦しみ、悩み涙を流す。しかしメンバーは今も笑顔で踊り続けている。

 

感想

AKB48の映画は近年放映されているが常にメンバーが中心で、舞台裏などを追っている王道のドキュメンタリー映画だ。
しかし今回の乃木坂46の映画は語りがメンバーの母親であり、その当時の想いが語られるというメンバーにもファンにも知らない事実がみえてくる。



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特にセンターやフロントメンバーを中心にした構成となっているため、それぞれの苦悩とそれを見ていた母親の心情がうかがえる。
その1人を例に挙げるならば、最初からセンターをしていた生駒さん。
感情を相手にそのままぶつけるせいか、どのシーンでも泣いている印象である。
『16人のプリンシパル』では自分はシングル曲ではセンターをしているのに、自分の力では誰も選んでくれないことに痛感し涙を浮かべる。
何も出来ないのに、何も取り柄がないのにと嘆くがそれでも前を向こうとしている生駒さんに対して、色んなメディアに出してもらっていた松村さんは選ばれることはなかった。
そのことに否定的な感情を表し始める。
アンダーのメンバーとは違って露出があったのに選んでもらえない、自分はここにいる必要がないのだと。
そんな松村さんに生駒さんは泣きながら「そんなことはないと」泣き叫び続ける。
テレビ番組「乃木坂工事中」でも生駒さんと白石さんはこのシーンが見どころとして挙げており、メンバー自身も自分と戦っている中このような場面に遭遇した際どのような対応をして良いものか分からなくなっていた。
そんなメンバーは誰に頼るでもなく、たった1人で立ち向かう姿を母親たちは自分の娘は何故このような思いをしなければいけないのかと疑問を感じてしまうほど、過酷な環境化であった。

 

ドキュメンタリーと言ってもメンバー同士が言い合いをするシーンなどは極力カットされている。しかしこのシーンは全てノーカットで生駒さんが記者会見中に走り出してしまうところまでが映像化されている。
見ず知らずな人に選ばれるメンバー、その姿に胸を痛める母親、選ぶ側のファン。
どの視点で映画を観るかによって、終わった時の感情はそれぞれになると考えられる。
いろんなメンバー・母親の想いが詰まっているので【アイドル】の映画に興味がない人であっても、人の感情・心理を考えたい方や自分に自信がないという方も一度観れば今までとは違う考えが芽生えるかもしれない。



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