映画夜の大捜査線のあらすじと感想

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公開日:1967年



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あらすじ

大都会フィラデルフィア警察で敏腕を振るう黒人刑事ヴァ―ジル(シドニー・ポワチエ)が出張する途中、アメリカ南部のとある小さな町の駅に途中下車する事になる。

 

一晩を明かすだけのつもりであたったが、そこで起きた事件を請け負う事になる。アメリカ南部の町では黒人差別が根強く残っており、事件解決以前に偏見と闘わなければならず、ヴァージルとしては「厄介な土地」での仕事となってしまう。

 

しかしながら、小さな町の警察はこの難解な事件の解決に苦労する。結局黒人刑事に捜査を依頼するが、頑固な所長と無能さにヴァ―ジルは手を焼き、地元警察との摩擦や連携の無さに落胆して行く。

 

しかし、捜査が進むにつれて、黒人刑事ヴァージルの正確無比な捜査手法や判断に一目を置くようになる。捜査は無事に終了し、町を後にするヴァ―ジル刑事と無能な白人署長との間には、そこには人種を超えた人間通しの友情が芽生える。

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刑事事件と土地柄と人種差別。そして人間模様を織り交ぜた公民権運動が盛んな時代の映画である。音楽はクインシー・ジョーンズ。題名はレイ・チャールズのヒットナンバーがルーツである。

 

感想

そうした賞を取った作品と言う事は知らずに、何気なくテレビを付けて観ていました。観ている内に段々映画のストーリーに飲み込まれていく感覚が今も鮮明に残っています。

 

後に刑事役のシドニー・ポワチエは脇役として様々な映画に登場するが、その知的な振舞は、彼が若かれし頃のこの映画でも存分に発揮されている。

 

元々、クリント・イーストウッドの「ダーティー・ハリー」はチャ―ルズ・ブロンソンの「デス・ウィッシュ」シリーズ等の刑事ものが好きな私としては、日本で言う「特捜最前線」的な人間性に溢れた、やたらにマグナムをぶっ放さない刑事ものとして好きなのです。



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この「夜の大捜査線」はアメリカ南部の人種差別が色濃い時代のストーリーとして、差別や偏見と闘いながら、論理的に事件を解決していく冷静な判断能力と解決力を備えた黒人刑事と、地元の保守的な警察との戦いを描いている点で警察映画・刑事映画を超えた、人間の心の交流を描いた作品として記憶に鮮明である。

 

黒人刑事と白人署長率いる地元の警察の人間達の考えの違い、批判、差別、中傷、決めつけた考え方。これが黒人刑事の手法や人間性に触れるにつれて
融解して行く所が見どころだろう。

 

個人的な意見だけれど、私自身、病弱な体で生まれ、それが元で変なあだ名もついて嫌な気持ちで少年時代を過ごした。中学は普通に終えたが、高校は地域でも有数の「悪」学校だった為に、事ある毎に中傷を受け、偏見を感じながら通った。実際には楽しい学校生活だったし、友人も周辺が言う程悪い奴ばかりではない。むしろ、
親友と呼べる人間付き合いが出来るほどの環境だった。

 

そうした学生時代と社会人時代も含めて、色々な人と会う中で、人として正しい事をして行く事の大切さや平等に付き合う事の大切さ、傲慢な態度を取らない事、そして信頼し合う事を学んできた。

 

この映画は、そうした多感な時期に偶然観た訳ですが、何か黒人刑事が自分の立場と重なる様な感じがして印象深く残っている。あからさまに映画の表現としては出てこないかも知れないが、そうした人間模様を学ばせてもらえる映画の様に思う。



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