映画ピートと秘密の友達の感想ドラゴンに見つかるということ

公開日:2016年

 



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あらすじ

大きな製材所のあるミルヘイヴンという町の街並みが印象的です。ピートは病院から逃れ、その街の中で自動車を次々と飛び移って逃げていきます。やや青みがかった画面が北にある田舎町という雰囲気を出していました。

 

両親を失った交通事故から6年後のピート少年は上半身裸の生活。この土地だと寒そうだなと思いました。もっと寒くなったら何を着るのでしょう。北米の大森林というより赤道近くにふさわしい姿でしょう。

 

ターザンのいでたちです。ただ、5歳まで文明社会にいたので英語がよく話せるところがターザンとは違いますが北米の森を舞台にした「ターザン」といった映画であると言えます。

 

また、ドラゴンのエリオットをとらえて見世物にしようという人が現れます。こうした点では、「ターザン」+「キングコング」といった映画に見えます。
エリオットはピートや友達になったナタリー、そして昔ドラゴンを見たことのあるミーチャム老人によって救出されますが、彼らを、エリオットを見世物にしようと男たちが追いかけます。

 

橋の上でエリオットが火を吐いたときは「ターザン」+「キングコング」+「ゴジラ」になったと思いましたが、その火で足場の橋が焼け落ちてエリオットがあわやキングコングのように墜落死するのかという土壇場で麻酔が完全に切れたようでエリオットが飛び上がってきます。ドラゴンは例えば「魔女の宅急便」の箒の仲間、地球の重力に逆らって空を優雅に飛行する存在に立ち返ります。

感想(キングコングとの違い)

ここでこの映画と「キングコング」との違いを考えてみたいと思います。キングコングが金髪の美女への妄執ゆえに結局死に至ったのに対し、エリオットはミルヘイヴンの森での唯一の友人であるピートに執着することはありません。



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ピートを捜しに街まで来ますが、ピートがナタリーたちと絵本を読んでいるところを窓の外から見て案心して森に帰ってしまうのです。エリオットはとても冷静で客観的な観察者なのです。
映画の最初の方にミーチャムが子供たちに「森の奥深くいけばドラゴンを見つけられるかもしれないし、ドラゴンに見つかるかもしれない」といったことを言っています。

 

エリオットは自分の姿を透明にすることができます。それが彼の一族がなかなか見つからない理由です。森の中では人間がドラゴンを「見つけられる」よりもドラゴンに人間が「見つかる」方が自然でしょう。ドラゴンたちは遠くから人間を冷静に客観的に観察していることでしょう。

 

でもなぜエリオットはピートの前に姿を現したのでしょうか。親を亡くした子供への同情でしょうか。
映画の冒頭、事故が起きる直前、お母さんはピートに、あなたは私が会った一番勇気のある男の子だと言います。「あなたは私が会った一番勇気のある男の子」という同じことばを映画の後半でピートの素性を知った森林保護管のグレースもピートを励まして言います。

 

ひょっとしたらエリオットはピートの「勇気」ゆえにピートを選んだのかもしれません。
とても地味に公開されてしまった映画でした。私が映画館で見たときは私を含めて観客4人。私より先に入場していたのは髪をやや金髪にしたお母さんと男の子。あの男の子も「一番勇気のある男の子」なのでしょうか。



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